甘く溶かして


「伊墨さん、伊墨さん」

 ある日の休日。
 朝食の片付けを終えてキッチンを出ると、なにやらまことが悪戯っぽく笑いながら駆け寄ってきた。またこの子は一体何を言い出すのやらと思いながら彼に視線をやると、小さなその手には可愛らしいデザインのフェイスタオルが握られている。

「目隠しゲームしませんか?」

 ︙︙なんだその怪しげなゲームは。
 きらきらとした視線でこちらを見上げる彼にじいと見つめられて思わずたじろいだ。

「この間テレビでやってたんですけど、かき氷シロップってどれも同じ味らしいんですよ。で、その番組で目隠ししてシロップの味を当てるゲームをやってて面白そうだなあって思ったんです」

 にこにこと楽しそうなまこと。
 彼の清らかな笑顔を前に、目隠しという単語から不健全なゲームを想像してしまった自分を恥じた。いい年をして何を考えているんだ私は。
「わかったよ。かき氷シロップなら確か何種類かあったはずだ」

 できる限り内心を悟られないよう冷静を保ちつつ冷蔵庫を開ける。
 少し前、姪っ子が遊びに来た時におやつとしてかき氷を出すために買ったものが残っていたはず。
 いちごにレモン、ぶどう、ブルーハワイ︙︙結構あるな。
 賞味期限が切れるまでに使い切れるだろうかなんて思いつつ、ダイニングチェアに腰掛けながらそわそわと待っているまことの前にかき氷シロップを並べる。

「おお、結構ありますね。じゃあまず伊墨さんやってみてください」
「え? 私もやるのかい?」

 てっきりまことが自分でやりたいのかと思っていたんだけれど。
 期待したような眼差しに見つめられ、断る理由も特に思いつかなった私は特に深く考えることなく頷いた。
 彼に促されるままダイニングチェアに腰を下ろすと、どこか楽しそうに笑ったまことがゆっくりと近づいてきて、手に持っていたタオルで私の視界を奪う。

「︙︙っ」

 ごくり、と。
 唾液を飲み込みかけて、抑えた。
 真っ暗な視界の中、しゅるしゅると布が擦れる音と互いの息遣い、そして彼の匂いがその存在を大きく主張してくる。
 視界を奪われたからか聴覚と嗅覚が異常に敏感になって︙︙普段よりもずっとまことの存在を近くに感じた。

「これでよし、っと。じゃあ伊墨さん、はいあーん」

 心臓の音が次第に大きくなっていくのを自覚しながら、言われるまま口を開けるとゆっくりとスプーンのようなものが舌の上に滑り込んでくる。スプーンが口元から離れていくと同時に口の中で甘さを転がした。

「はい、今のは何味でしょうか!」

 やけに楽しそうなまこと。
 ここはきっと間違えるのが面白いんだろうけど︙︙なんだか彼のペースに乗せられているのが悔しかったので即答した。

「レモンだな」

 しかし返事はすぐには帰ってこない。
 少し意地悪だっただろうかと心配していると突然目の前で手を叩く音が聞こえた。

「すごい、伊墨さん、正解ですっ! え、なんでわかったんですか?!」
「なんでと言われても︙︙」

 一先ず目隠しを取ると、尊敬という文字が額に書いてあるような、そんな表情を浮かべているまことと目が合う。

「すまない。実はかき氷シロップが同じ味っていうのは知ってたんだ」

 実際に食べ比べたことはなかったけど。

「シロップに味があるように感じるのは香りのせいなんだよ」
「へー! じゃあ匂いもわからないようにしたら同じ味になるんですかね?」
「そうだね。とはいえ匂いがしなくなったら味も殆どわからないと思うよ。ほら、風邪引いて鼻が詰まった時ってあまり味がしないだろう?」
「なるほど、確かに!」

 こくこくと私の話を聞いて頷く彼にほんわかしていると、まことがびしりと片手を上げる。

「僕もやってみたいです!」

 そう言いながらお利口さんに座る彼。
 期待するような視線に晒されながら恐る恐る、まことの目元にフェイスタオルを乗せた。
 タオルが解けないよう後ろで結ぶと彼は、あーん、と言いながら口を開く。
 ︙︙落ち着け、私。深呼吸だ。
 脳裏に浮かんだ邪な考えを振り払い、ぶどう味のシロップをスプーンに乗せて目隠しをされたままそわそわしている彼に視線を戻した。
 途端、ぷつんと何かが切れる。

「んむぅっ?!」

 開きっぱなしだった口の中に舌を滑り込ませ、本能のままに彼の唇を貪った。
 驚いたのか抵抗しようとしたまことの手首を掴み、逃すまいと抱き寄せ、何度も口づける。
 どれくらいそうしていたか、やっと少しずつ理性が戻ってきた頃、はっとして唇を話すとまことは腕の中でくたくたになっていた。

「い、すみ、さ︙︙?」

 目隠しをしたまま肩で呼吸をした彼は、頬を真っ赤に染めながらこちらを見上げる。
 その姿を見ているだけで心臓が爆発してしまいそうだ。

「まこと、今日はこのまま︙︙だめかい?」

 そう尋ねると彼はびくりと肩を震わせ、ぎゅうと私のシャツを握りしめた。

「だめ、じゃないです︙︙」

 その返答を聞くが早いか、彼の口元に舌を這わせる。寝室に行くまでの数秒すら惜しいと思いながらまことを抱き合げ、そっとリビングを後にするのだった。