いい夫婦の日

「いい夫婦の日なんだって」

 夕飯を作っていたら空が唐突にそう零した。
 キッチンカウンターごしに、ダイニングチェアに座ってテーブルに頬杖をついていた彼と目が合う。

「へえ。今日?」

 そう尋ねながら手元に視線を戻し、キャベツの千切りを再開する。

「や。一昨日」
「今日じゃねぇのかよ」

 ツッコミで思わず手が止まった。
 が、またすぐに包丁をひたすら上下に動かす。

「で……それがなんだよ」
「いや別に、それだけだけど」
「さいですか」

 それ以降会話は途切れて、ざくざくとキャベツの切れる良い音だけが静かな空間に響いた。
 キャベツ半玉分が残らず細切れになったところでふいとコンロの上にある揚げ物鍋に視線を移す。
 鍋にたっぷりと注がれている油の中にふつふつと気泡が浮くのを確認してからそっと菜箸を入れた。じゅわりと音がして菜箸に気泡がまとわりつく。

「そういえば聞いてなかったけど今日の晩御飯なに?」
「トンカツ」
「うわ、美味そ」

 十分温まった油に、バッター液とパン粉を纏った厚めの豚ロースを投入。
途端、静かだった部屋を焦がれるような肉の匂いと油の跳ねる音が支配した。

「わーん! 良い匂いする! お腹空いたぁ!」

 ぐでぇ、とダイニングチェアの背もたれに背中を預けて駄々を捏ねる空を無視してトンカツをもう一枚鍋に入れる。衣が焦げないよう気をつけながら皿を二枚用意して千切りしたキャベツを盛り付けた。
 ミニトマトも一つずつ添えておく。

「空。テーブル拭いて」
「はぁい」

 勢いよく立ち上がった空はキッチンの端っこに置いてあった台拭きを手に持ち、再びダイニングに戻っていった。

「トンカツ、トンカツ♪」

 鼻歌交じりにテーブルを拭く彼を横目に見つつ、トンカツの様子を確認。
そろそろ良いかな。
 油を切って、つい最近買ったばっかりの立てかけ式のバットの上にトンカツを立てかける。
 するとちょうど、台拭きをキッチンに戻しに来た空を目が合った。

「條。それ何してんの? てかなんでトンカツ立ててんの?」
「こうするとサクサクに仕上がるんだってさ。テレビでやってた」
「へぇー」

 トンカツを休ませてる間に味噌汁と白米を盛り付けてテーブルにセットする。再びキッチンに戻ってきたところでトンカツをまな板の上に移し、恐る恐る包丁を入れた。
 ざく、と小気味のいい音がして美味しそうな色をした肉の断面が顔を出す。

「おお」
「すごーい。本当にサクサクだ」

 何故か一緒にキッチンに来た空が背後から覗き込んできた。
 彼は我慢できないとでも言うようにそわそわしている。

「條、早く早く」
「はいはい」

 もう一枚のトンカツを切って先程用意しておいたキャベツが乗った皿に載せると、空がそれを持ってスキップ気味にダイニングへと向かった。
 用意したメニューが全部並んだテーブルの上はとても賑やかで、それを眺める空の瞳はきらきらと輝いている。
 麦茶が入ったピッチャーとコップを二つ持ちダイニングテーブルに座った。

「じゃあ、いただきまーす!」
「ん。いただきます」

 向かい合って、一緒に手を合わせて、”いただきます”をする。
 待ってましたとばかりにトンカツに齧り付く空を見ながら、俺は小さく笑った。

「うんまー! トンカツうまーい!」
「そりゃ良かった」

 こいつと一緒になれて本当に良かったと心から思いながら。

 

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