白銀世界に花束を

 天からこぼれ落ちてきた真っ白い光が、手のひらの上でしゅわりと溶ける。
 ひんやりとした冬の匂いに俺は思わず体を縮こませた。
 俺の名前は、秋鳴累。
 〝RUI〟という名義でモデル活動をしている一八歳、男。
 突然だが俺には今年二十三歳になった義理の兄がいる。
 ふわふわの真っ白い身体、優しく細められた目元を持ち、現役医大生の彼は俺の初恋の人だ。
 今はまだ、ただの義兄弟という関係だけれど……もう一歩この関係を先へ進めるべく日々奮闘している。

「累くん、今日はお兄ちゃんのお迎え?」

 ざわざわとした片付けムードの現場の中、着替えを済ませた俺にマネージャーの満さんがそう声を掛けてきた。問いに小さく頷くと彼女はにこりと笑って「相変わらず仲良しだね」なんて零す。

「純くんに宜しく言っておいて」
「わかりました」

 スタッフさん達に一通り挨拶した後、現場を足早に出て、彼との待ち合わせ場所へ向かった。
 約束していた場所に到着したけれど彼の姿はない。
 不思議に思いながら周囲を見渡すと、薄暗い路地の中に佇んでいる彼を見つけた。

「純!」

 名を呼ぶと彼はこちらに視線をやって、ぱあ、と笑みを浮かべる。周囲を警戒しながらあたふたと駆け寄ってくる彼の姿は愛おしくて堪らない。

「累くん、お疲れ様」
「ん。……純、ずっと外にいたのか? 寒かっただろ。どっか入ってて良かったのに」
「んーん。大丈夫だよ、ほら」
 
 俺の言葉にふるふると首を振った彼は俺の手を取った。

「あれ。累くんの方が手冷たいじゃん。撮影、外だったんだよね? せっかくだしカフェ入って温かいものでも飲む?」

 彼のふわふわでぷにぷにの肉球が手の甲を這う。
 外での撮影で冷え切っていた指先がじんわりと熱を持っていって、心做しか顔も熱い。

「いや……大丈夫。お腹すいたから早く帰りたい」

 そう言うと彼はまた嬉しそうに笑った。

「わかった。今日の晩御飯はホワイトシチューだよ」

 そう言って俺の手を握ったまま歩き出す彼。
 それに黙って続く俺。
 ……え、距離感バグってる?
 十八歳の弟と二十三歳の兄……しかもついこの間まで他人だった義兄弟が手を繋いで歩くなんておかしい?
 いやそれ本当に俺も思うんだよ。
 こんなんされたら、もしかしてコイツ俺のこと好きなんじゃねって勘違いするよね、普通。
 でも残念ながら彼にとって俺は可愛い弟らしい。
 片親同士の再婚によって義兄弟になった俺たちはまあ色々何やかんやあってこうやって仲良くなったわけなんだけれど……実は俺、二年前に一回こいつに告白してんだよね。
 その時はまあなんというかさらりと躱されたって感じなんだけど、彼と一緒に過ごすにつれてボディタッチが増えてきたのが最近の悩み。
 こうやって手を繋いできたりとか、ふとした瞬間に頭を撫でてきたりとか、急にほっぺたつついてきたりとか……こんなんされたら勘違いするじゃんってやつ。
 多分、本人にそういう邪な考えはないと思うんだよ。
 彼の様子を見た感じはどう考えても可愛い弟を見る目でしかなくて……遅くにできた弟ってのが可愛くて仕方ないのだと思う。
 でも、でもさ?
 俺、告白してんだよ?
 流石にちょっとぐらい意識してくれてもよくない?
 そんなに俺、子供っぽいかな……こんなんでも旦那にしたい芸能人ランキング毎年一位を独走してんだけどなあ。

「累くーん。累くん?」

 なんて、悶々と考えていたら突然純が俺の顔を覗き込んできた。
 急すぎて思わず呼吸が止まりそうになる。
 そう、これ! こういうの!
 どう考えても普通の兄弟より距離感すげえ近いんだよ!
 一応俺、お前に惚れてんだけど?!
 これずっとやられたら俺の心臓がもたない!

「累くん、大丈夫?」
「へっ? あ、なに……?」

 少し距離を取りながらそう尋ねると彼は、いつの間にか目の前にあった家の玄関を指した。

「家ついたのに全然入ろうとしないから……もしかして疲れてる?」
「だ、大丈夫」

 なんだか少し不安そうな彼を追い越して先に家に入ると、家の中はひんやりとしていて思わず身震いする。

「わ、寒いねえ。すぐご飯温めるから待っててね」

 フローリングがとてつもなく冷たそうで靴を脱ぐのを躊躇している俺の頭を、純は自然な流れでぽんぽんと撫でた。
 かと思ったらさっさとリビングへと続く廊下を歩いていってしまう。
 一方の俺は急に触れられたことにびっくりして硬直。
 ああ、もう! さらっとそういうことするんだから!
 なんだか自分ばかりが振り回されていてちょっとだけ腹が立った俺は靴を脱ぎ捨て、裸足のまま廊下を駆けて、純の背中に思い切り飛び込んだ。

「おわあっ?! びっくりした……累くん、どうしたの?」

 自分より二回りくらい大きな彼の身体に両手を必死に回して、彼の背中に頬を埋める。

「純、好きだ。二年前と同じ、俺まだ純のことちゃんと好きだよ。だから……あんまり勘違いさせるようなこと、しないでよ」

 我ながら情けない言葉だったけれど、ふいと顔を上げてみると頬を真っ赤にした純と目が合った。
 暫し沈黙の後、彼は慌ててぷいと顔を逸らす。
 ……おや?

「純?」
「ちょ、ちょっと待って! 今こっち見ないでっ」

 おやおやおや?
 彼の正面に回り込むと彼の頬は真っ赤になっていて、思わず釣られて顔が熱くなった。
 え、なにこの反応。
 もしかして……もしかしたりする?

「……純。あのさ」
「あっ、あー! ししし、しまったー! シチューにかけるパセリ買い忘れちゃったー!」
「え、ぱせり?」
「というわけだから僕ちょっと買い物行ってくるね! 累くんはお留守番してて! いってきまーす!」
「ちょ、待っ……」

 棒読みでそう告げた彼は手ぶらで家を飛び出していった。
 そうして一人取り残された俺はというと。

「くそっ……なんだよ、それ」

 妙に期待させる彼の様子に、ついつい緩む口元を抑えるのだった。